【私と井の頭公園 第22回】昭和十年代の井の頭公園の写真があるけど… 徳田 薫/徳田東助氏子息

2020.03.10

昨年の暮れ、世田谷区経堂の徳田さんという方から「昭和十年代の井の頭公園の写真があるけど、要りますか」という電話があった。すぐにでも駆けつけたかったが、年末はばたばたしているとのことで、正月早々ご自宅に伺った。写真は父上の徳田東助氏(明治38年生・享年73歳)が独製のローライフレックスとライカで撮ったネガフィルムとプリントだった。50枚ほどのネガをプリントしてみると、そこには、今と変わらぬ公園で憩う人々や、うわさでしか知らなかった茶店など、戦前戦後の貴重な井の頭公園の姿が次々現れた。

とにかく親父は多趣味で、写真撮影、こけし収集、登山、岩登り、スキー、野球観戦といろいろ楽しんでいましたね。岡山出身で神戸市六甲にいたのですが、昭和12年に当時の東京府北多摩郡武蔵野町吉祥寺に引っ越してきました。今のヨドバシカメラのあるところです。私が1歳の時でした。向かいに井の頭自然文化園園長の木村四郎さん(第3代と第5代の園長)の住まいがありました。

吉祥寺に来たのは、父親が三鷹の下連雀にあったある会社に勤めるようになったからです。そこでは零戦など戦闘機のエンジンを作っていたようです。自宅と会社の間に、井の頭公園があるわけですから、公園に慣れ親しんで、写真を撮っていたのではないでしょうか。

私も井の頭公園にはよく遊びにいきました。釣りをしたり、冷たいプールで泳いだりしました。当時は遊覧モーターボートもあって、お茶の水池から七井橋をくぐってボート池に入り弁天池まで走っていたように記憶しています。古い写真を整理しながら、そのようなことを思い出しましたが、処分しないで良かったです。親父も喜んでいるでしょう。

徳田 薫 徳田東助氏子息
聞き手・写真 川井信良 株式会社文伸 代表取締役社長

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(いのきちさん22号 2015年5月1日発行 掲載)