【私と井の頭公園 第23回】夏の夜は弁天様からお稲荷さんまで泳ぐんです 岩崎菊男/井之頭町会会長

2020.03.17

昔の井の頭を知りたかったら、鳶の岩崎菊男さんに聞け。井の頭在住の複数の方からそう聞かされていた。井の頭弁財天前で生まれて74年。歴史ある井之頭町会の町会長として、町をまとめ、町を伝え、町を考え、常に町会を進化させている。昭和30年6月、今から60年前に創刊された『井之頭町会機関紙 井之頭新報』がまだ続いていることが、その進化を証明している。本年1月号の見出しは、『井の頭の緑を守り井の頭を心のふるさとに』であった。

私の祖母が弁天様の前で通いで茶店をやっていたんですよ、遠足や兵隊さんが相手で、場所は弁財天正面の階段の上です。お寺の周りは何もなく、狐や狸がうろうろして、大盛寺の住職が、「恐くて寂しいからここに住んでくれないか」と言われ、今のところに住み着いたと聞いています。私が小さいときもまだイタチがいて、よくニワトリが食われていました。

ものごころついたときは戦争で、空襲はうろ覚えに覚えています。井の頭公園にも時限爆弾が落ちました。池のほとりの、いま藤棚があるあたりに茶店が2軒あったんですが、その茶店に時限爆弾が直撃したんですよ、爆発しなかったんですが土中にのめり込んだままなので、気味が悪いと引越した場所が七井橋北側で、今いせや側に2軒並んでいる茶店がそうだと聞いています。不発弾は、戦後大分たってから掘り出されました。

井の頭池はきれいでしたよ、冷たくてね、藻が多くて下までは見えないんですよ。でも湧き水が出ているところは、水圧で藻がよけていましたね。その上を泳ぐと身体が持ち上がるぐらい噴き出しているんです。池の中に入ることは禁止されていましたが夏の夜はよく泳ぎました。ただ夜中でもバチャバチャ音がすると園丁がすぐ来ますからクロールじゃなくて犬かきですね(笑)。弁天様からお稲荷さん(2013年5月焼失)まで泳ぐんですよ、そうすると涼しくなって寝られるんですね。とにかくよく公園で遊びました。残念ながら昭和38年に湧水が枯れて池が干上がってからは水が汚れました。その後ポンプで汲み上げていますが間に合わないですね。「かいぼり」頑張って欲しいね。

岩崎菊男 井之頭町会会長
聞き手・写真 川井信良 株式会社文伸 代表取締役社長

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(いのきちさん23号 2015年7月1日発行 掲載)