井の頭公園の生き物たち|第7回「ソメイヨシノ」

2018.01.30

『いのきちさん』過去記事紹介(『いのきちさん』7号 2012年11月1日発行 掲載)
―2011年11月から2017年11月にかけて刊行された、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞『いのきちさん』。ご愛読くださっていた方々の声にお応えし、掲載当時の記事をご紹介していきます―

起死回生の「回生根」

井の頭公園といえば春の池畔の桜。池の上まで大きく張り出して咲き誇る桜はじつに見事で、多くの花見客で賑わいます。池畔の桜の大部分を占めるソメイヨシノは接ぎ木や挿し木でしか増やせないため、すべての木が同じ遺伝情報を持つクローンです。どの木も性質が同じなので一斉に花を咲かせるのです。

寿命が比較的短いという望ましくない性質も皆同じです。池畔の桜はすでに70歳ほどで、幹が弱りキノコが付くなど樹勢の衰えが目立ちます。日照を好むのに隣の木の陰になったり、根元を踏みつけられたり舗装で固められたりしていることも衰えを早めています。池に向かって伸びた幹と枝は懸命に光を求めた苦労の跡です。その傾いた幹を支えられるほど根が伸びられずに倒れてしまうことも多く、池畔の桜の多くがつっかい棒で支えられています。

若木への更新も一部行われていますが、コスト面や、花見に適さない期間ができるなどの問題があり、一気にはできません。公園では様々な方法で桜の樹勢回復を試みており、その中の起死回生の策とも言えるものが、NPO法人「藪会」の協力で実施している、「不定根」を地面まで導く方法です。

ソメイヨシノは、幹が弱って水や養分の通りが悪くなると、幹の途中から根を出して新たな通路を確保しようとします。根の定位置である幹の下以外のところから出る根を不定根と呼びます。左の写真で幹の中央を走っているものがそれで、不定根が地面に達し、その上に新たな枝が出れば、木は若返ります。私は桜の不定根を、その役割を表す「回生根」と呼ぶよう提案しています。下の写真は私が知っているうちで最も見事な復活例で、公園の近所のお宅の桜です。まるで古い幹が剥がれて新たな幹が現れたように見えますが、根です。

多くの人がソメイヨシノの性質や悩みを理解し、花の時期だけでなく一年じゅう気にかけるようになれば、もっと長く花を楽しませてくれることでしょう。

 

田中利秋 井の頭かんさつ会
井の頭かんさつ会代表。毎月自然観察会を開催。池の外来魚問題にも取り組む。

 

本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。
(『いのきちさん』7号 2012年11月1日発行 掲載)

藪会が治療中の池畔の桜

完全復活した民家の桜


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